新谷博範ブログ

1995-1999金沢市議会議員・2003-2007石川県議会議員新谷博範のブログです。日々の考えや政治に対する考え方を発信していきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

過去の質問 平成16年(2004年)6月17日 「少子高齢化について」

高齢化社会は、医療技術の進歩と食糧事情、労働環境の改善などさまざまな要因により今後も継続することは確実です。

しかしながら、高齢化社会の到来は日本特有の社会問題のように取りざたされ、本質的に何が問題なのか見失いがちであります。

高齢化社会の本質的問題はどこにあるのか


私は30歳代(当時)の一人として、高齢化社会到来が問題なのではなく、高齢化社会にどのように対応すべきかわからないことに不安になっていることが問題と考えるのですが、高齢化社会の本質的問題は一体どこにあるのでしょうか?

年金を含めた厚生医療費負担が上昇すると言いますが、日本の全個人資産の7割強は50歳以上の所有(当時)であり、応分の負担を必要とされても50歳以下に比べればある程度めどは立ちます。

老後の生活が不安なのは金銭的なことだけではなく、がむしゃらに働き、高度経済成長期を過ごした50歳代以上の人々の生活観が低成長、不透明な経済状況下に確固とした老後の生活モデルを創造できないことにあるのではないでしょうか。

人生設計上の問題を年金、医療や社会制度の問題に転嫁されていると推測します。

今の50歳代以上の老後の不安と生活に対する自信喪失が社会の不安定、不確定要素として景気変動や個人一般消費動向に大きな影を与え、若年層に対しても将来不安を加速させています。

老後プランの設計、ライフプランナーの制度


社会の中核をなす50歳以上の世代に自信と計画を持って老後を迎えていただくことは、必ずや日本の社会基盤安定につながると確信します。今こそ人生の模範を示していただきたい。今の経済繁栄を築いた世代には十分な能力と経験をお持ちであります。

ゆえに、高齢化社会の到来に厚生政策として必要なのは、各人が明確なる老後プランを持つことと考えます。この社会には明確なライフプランナーの制度が欠けています。

老後に一体幾ら年金がもらえるのか。一体、幾ら生活費を持つことが要求されているのか。体の自由がきかなくなってきたとき、どこに相談して、どのようについの住みかを見つけ、人生の終焉を迎えるべきなのか。あらゆる個人財務情報を総合的に分析し、各個人に応じた明確な人生設計組み立てを促進させることが求められています。

県の厚生政策により各個人に対応した老後プランの作成を促し、老後プランを計画的に提供することの必要性に対する見解を伺います。

少子化問題について


次に、少子化問題であります。

昨年の合計特殊出生率が政府予測を下回ったことにより、年金財政を左右するのではないかとの議論が脚光を浴びています。

しかしながら財政問題は、出生率がどうのこうのという問題ではなく、全世代で負担を分かち合うしかない問題であり、少子化の問題と重ね合わせることはおろかなことと考えます。

別に年金財政だけが問題なのではなく、世界一の累積債務を持つ日本国家財政に今さら人口動態がどうのこうのという問題ではないでしょう。

とにかく特殊出生率が総人口を維持するために必要な2.08を割り込んだ1975年以降、総人口は減少に向かっているのであり、四半世紀以上続く少子化傾向に行政が介入することは国家による人口管理につながりかねないものであります。

さらに、子供をつくるつくらないはパーソナルコンサーン、いわゆる個人の関心事であり、第三者や行政介入の余地のない領域であります。

世界の先進国は漏れなく、多くの国が2.08を割り込んでいます。この傾向は動物としての人間の個体数の自律調整期間に入っただけであり、いわゆる戦争や飢餓、疫病など特殊な要因が減った今日の自然現象であります。

少子化の一体何が悪いのか。特別委員会でも議論され問題が特定されるのでしょうが、見解を伺います。

日本は明治維新以来、人口統計上4,000万人の人口を富国強兵の名のもと、産めよふやせよの合唱で約150万人以上に上る大量の日本人移民を生み、ハワイを含めた南北アメリカ大陸へ送り出し、かつ第二次世界大戦に300万人以上を失いながらも人口を倍増させ、さらにその戦争反動により、いびつなベビーブームをつくり出し、経済繁栄のもと、その総人口を約150年間で三倍以上の一億二千万人にもってきた経過があります。

人口増加に伴う社会資本、公共財の追いかけ追いかけの整備時期は過ぎたのであります。すべては異常な過渡期の歴史であります。今からの数が減る子供たちには、過去最大の社会資本、公共財の利用空間を与えられることは容易な想像です。

私は、今後の少子化対策の主眼は、県内市町村の政策格差是正に主眼を置くべきと考えます。財政力のある、人口規模のある市町村とそうでない市町村。県内の市町村の行政格差、施設環境格差は広がる傾向であると確信します。

幼児保育施策の県内格差


例えば金沢市にある幼児保育施策がほかの市町村には存在しないことや、ある自治体には保育・医療施設が十分に完備されていないことなどです。県内どこに生まれても同様の幼児保育施策が受けられる。

政策実現能力のない県内自治体には、県が政策提供し実現させる。つまり県内市町村単体の独自政策を県は普及、平均化させ、常に他の自治体にも提供できるよう準備しておくことが必要であるということです。

現在、県内市町村の幼児保育施策に格差は存在しますか。ちなみに、対人口比における保育施設配置は県内市町村平準化しているのですか。平均施設充足率から下回る県内自治体数もあわせて伺います。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。